高松地方裁判所 昭和35年(ワ)237号 判決 1966年2月10日
原告 高橋末清 外一七五名
被告 国
訴訟代理人 杉浦栄一 外四名
主文
(一) 昭和三五年(ワ)第二三七号以下三十五件並に昭和四〇年(ワ)第六三号事件について、
当事者参加人の原告高橋末清、同藤岡重太郎、同藤岡重に対する各請求を棄却する。
当事者参加人の被告に対する請求を棄却する。
訴訟費用中右事件につき当事者参加訴訟に関して生じた分は当事者参加人の負担とする。
(二) 昭和四〇年(ワ)第六五号事件について、
原告の請求を棄却する。
訴訟費用中右事件につき原告と被告との間に生じた分は
原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
昭和三五年(ワ)第二三七号以下三十五件並に昭和四〇年(ワ)第六三号事件(以下単にイ号事件と称する)及び昭和四〇年(ワ)第六五号事件(以下単にロ号事件と称する)につき判断する。
先ず当事者参加人と原告高橋末清、同藤岡重太郎、同藤岡重との関係について検討するに、原告高橋末清、同藤岡重太郎はそれぞれ昭和四〇年九月八日に、同藤岡重は同月七日にいずれも訴の取下をしているけれども、同原告等に対しては、それぞれそれより先既に同月三日、当事者参加人の本件当事者参加申立書副本が送達せられていることは一件記録により明らかであるから、右原告らの訴の取下により、被告との間の本訴訟は終了したけれども、当事者参加人と右原告らとの間の当事者参加申立事件は未だ終了していないものというべきである。そうして右原告等は当事者参加人の請求に対し何等の答弁をしていないけれども、被告において当事者参加人主張の請求原因事実を争つているのであるから、民事訴訟法第七十一条第六十二条に則り右三当事者間においては原告等及び被告の側において当事者参加人の主張事実を争つているものと認める。
そこで先ず、イ号事件の当事者参加人及びロ号事件の原告の各主張の要点は、イ号事件の原告等及びロ号事件の元地主たる訴外真鍋要平以下三名の者の各保有小作地(賃貸農地)の小作料は、もともとその主張のようないわゆる代金納制であつて、いわゆる金納制による小作料統制の対象になるものではないし、仮りに統制の対象になるとしても、その決定、施行された小作料統制額は不当に低廉であつて憲法第二十九条の規定に違反し無効のものであるにかかわらず、農林省、香川県知事及び各地区農地委員会(後に農業委員会となる)を構成する公務員が、統制の局に立つて地主たる右原告等及び訴外真鍋要平以下三名の者に対して、本件小作地の小作料につきその拠るべき小作料統制額を前示主張のとおり決定、施行し、その結果、違法にも右地主等に損害を加えたものである。右は公権力行使に当る右公務員等の故意又は重大な過失によるものであて、不法行為を構成する。
というにある。
そこで小作料統制の経過を検討するに、次のとおりである。
(1) 小作料統制令(国家総動員法に基づいて昭和十四年十二月六日付勅令第八二三号として制定せられ、同月十一日施行)により、小作料の額は昭和十四年九月十八日を基準として他の一般物価と同様同日の額に停止せられ、同日以降における小作料引上は原則として禁止された。
(2) 次いで第一次農地改革の際、農地調整法(以下単に農調法と、称する。昭和二十年十二月二十八日付法律第六四号による改正法律、同二十一年四月一日施行)の施行により次のように定められた。すなわち、
(I) 同法第九条ノ二の規定を新設して、小作料の金納化を明らかにし、その第一。項に「小作料ハ金銭以外ノ物ヲ以テ又ハ金銭以外ノ物ヲ基準トシテ之ヲ契紺シ、支払ヒ又ハ受領スルコトヲ得ズ云々」と規定した。そして右規定の「金銭以外ノ物ヲ以テ」とはいわゆる物納(たとえば農地一反歩につき米何俵と定めるもの)及びいわゆる代物納(たとえば一応何円と定め、これを一定時期の相場で換算して米で納めるもの)を意味し、「金銭以外ノ物ヲ基準トシテ」とはいわゆる代金納(たとえば一応米何俵と定め、一定時期の相場で換算して金銭で納めるもの)を意味するものであることは立法当初より何等疑を容れる余地のないところである。それ故に該規定はいわゆる物納、代物納(前段)及びいわゆる代金納(後段)の禁止をなし、その第二項の規定により、右第一項の規定に、違反する契約については命令(農調法施行令第十二条の規定)の定める所に依り金銭に換算せられたる小作料の額又は減免条件(一つの統制小作料額)をもつて契約をなしたものと看做され、しかも金銭に換算せられたる右小作料の額又は減免条件が次に述べる同法第九条ノ三各号(後に規定の位置は同法第九条ノ三第一項各号と改正された)に掲げる小作料の額又は減免条件に比して農地の賃借人又は永小作権者に不利な場合にありては同条各号に掲げる小作料の額及び減免条件をもつて契約を為したるものと看做される。このようにして小作料は自動的に金納へ転換せられ、
(II) 同時に、同法第九条ノ三の規定が入つたのと引換えに改正法律附則第五条で前記小作料統制令を同二十一年四月一日をもつて廃止し、その廃止の際に小作料の定めがあつた農地についてはその統制小作料の額をそのまま農調法の小作料統制額とし、これをこえて契約し支払い、又は受領することを禁止した。(第九条ノ三本文)
そして右の小作料統制令による統制の基礎となつていた小作料が金納のものでなくて、いわゆる物納、代物納あるいは代金納のものである場合には農調法施行令第十二条の定めるところによりこれを金銭に換算した額が統制小作料額とされた。そして換算の基礎となる価格は昭和二十一年一月二十六日付農林省告示第一四号(農調法に関する告示三、農調法施行令第十二条ノ規定二依ル農林大臣ノ指定スル価格)により玄米石当り金七十五円という価格による(農調法第九条ノ三第一号-後に第九条ノ三第一項第一号と改正)。なお香川・県においては昭和二十年度産米の価格については買上価格(地主価値)石当り金五十五円と定められた(昭和二十年農商省告示第二五二号参照)。
(III ) 小作料統制令廃止の際小作料の定めのなかつた農地については、その後最初に約定された小作料額が統制小作料額となる(同条ノ三第二号)
(IV) 特別の事由があつて以上の統制額によることが適当でないと思われるものについては個々の場合について農地の所有者または賃貸人が所定の手続に従い知事の許可を受ければ統制額を亡えて小作料な約定し及び授受することができる(同上但書)
(V) 地区(市町村、)農地委員会(後に農業委費会となる)は必要と認めれば知事の認可を受けて右の(II)(III)の統制小作料額に代る小作料額をその市町村内の農地について定めることがで一き、知事がこれを公示すればその公示されたものが統制小作料額となる(同法第九条ノ四)
(VI) 農林大臣又は都道府県知事は以上のようにして定められている小作料額が著しく不当なものとなつたと認めれば、(V)の場合と同様これらに代る小作料額を定めて公示することができる(同法第九条ノ五)
(3) 右農調法第九条ノ五の規定に基づき農林大臣は昭和二十五年一九月十一日付農林省告示第二七七号(即日施行)をもつて、農調法第九条ノ三第一項各号に掲げる小作料の(停止)額に代る新しい停止額を従来の七倍(但しその額が反当り金六百円をこえるときは金六百円とする)に引き上げた。
(4) 昭和二十七年七月十五日付法律第二二九号農地法(同年十月一二十一日施行)並に同法施行法の施行により農調法が廃止されたが、
(I) 同法施行法第九条により農地法の施行の際、現に農地につき旧農調法第九条ノ五第一項の規定により定められている小作料の額(その農地につき同法第九条ノ三第一項但書により都道府県知事の許可を受けた小作料の額があるときはその額)は農地法第二十一条によりその農地についての小作料の最高額の決定及び公示があるまでは、同条第一項の規定により定められ、同条第二項の規定による公示があつたものと看做された。そして右農地法第二十一条第一項の規定により地区農業委員会は省令で定める基準にもとづき都道府県知事の認可を受けて農地ごとに小作料の最高額を定めなければならないし、同条第二項の規定により右の定めをしたときはこれを公示しなければならないこととなつた。
(II) 同条第二十二条の規定(小作料の定額金納)により小作料契約において、その額は同法第二十一条の規定により地区農業委員会が定めた額を超えない範囲の定額の金銭で定めなければならないとし、同法第二十三条の規定(小作料の支払又は受領の制限)により、小作料を金納とし、又右第二十一条の規定により農業委員会の定めた額を超えるものの授受を禁止した。
(5) 昭和三十年九月二十一日に至り右農地法第二十一条の規定に基づき同日付農林省令第三十五条による改正の農地法施行規則第十四条の二の規定が施行せられて現在に至つている。
そして右規則第十四条の二の規定によれば、小作料の最高額決定の基準を示している。すなわち、地区農業委員会は別に決められた土地数値決定の基準により定められた土地数値に応じ別表第二に掲げる区分に従い農地ごとに農地の等級格付をなした上、各農地の小作料の最高額(小作料統制額)は、右農地の等級に従い別表第一に掲げる反当りの額に基づき、その農地の面積に応じて算出した額により決定すべきこととした。(右別表第一、第二及び土地数値の決定基準については条文参照)そして右農地の等級格付並に各等級の反当り金額を田の部については、一級から十五級に区分して、最高一級、反当り金千四百十円、最低十五級、反当り金五百七十円、畑の部については、一級から十五級に区分し、最高一級、反当り金八百六十一円、最低十五級、反当り金三百十五円と定めた。そしてイ号事件の原告等及びロ号事件の訴外真鍋要平以下三名の各所轄農業委員会は香川県知事の認可を受けて右基準の範囲で本件各小作地の等級格付をなして、その小作料の最高額を定めた。
ところで当事者参加人(イ事件)及び原告(ロ事件)は、イ事件の原告等及びロ事件の訴外真鍋要平以下三名の保有小作地の小作料の約定は、明治以来長年の慣行により収獲量の五割五分を基準として、毎年旧年末(履行期)において右基準による小作米(年貢米又は宛米)玄米(産地中等米)の現物で納める(いわゆる物納)か、右履行期におけるその米の時価(現実価格)で納める(いわゆる代金納)かは、地主と小作人との合意によつて定めるものとしていたのであるから、職時中以降国家の物価政策、食糧政策等の一環として価格の統制と併せて米(現物)で納めることが禁止され、その代り年貢米を毎年内閣物価庁の定めた米価により算出された貨幣により納めることとしたが、その金額は物納相当額であるから、本件のような小作料は前記統制の対象とはならない旨主張するけれども、右の如き約定による小作料も今次大戦の趨勢に対処するため一般物価と共に統制の対象となり小作料統制令により小作料の額は昭和十四年九月十八日を基準として停止せられ、同日以降の小作料の引上は原則として禁止された。次いで昭和十七年法律第四〇号食糧管理法等の施行後は、同法第三条の規定に依り地主が小作人より小作料として受けた米穀は命令の定める所に依り、その小作料として受けた米穀を政府に売渡さなければならない。
(いわゆる供出という)そしてこの場合における政府の買入価格(いわゆる供出価格)は勅令の定むる所に依り生産費及び物価その他の経済事情を参酌して定められることとなつた。しかしながらこれは戦時下主要食糧たる米麦等の生産確保のため、生産者(小作人等)は勿論、生産者から小作料として受けた地主も共にその米穀を供出すべきものとされたのであつて、その供出価格は右供出米に対する適正な対価として地主に支払われるようになつたに過ぎないものであつて、直接小作料に対する規正をなしたものではない。ただ結果的には右の法規に依り地主は供出の対象となつた小作米については、供出価格によつて小作料の納付を受けることとなつた。それ故この範囲においては本件小作地の小作料契約も物納の機能を失つたことは確かである。そればかりでなく、当事者参加人等主張のような本件小作地の小作料の契約は元来いわゆる純物納制とは幾分異つた性格を持つように見えるが、本件のように反当り一石二斗とか一石三斗という高率の換算基準は正しく旧幕時代の封建的な年貢の引きうつしであり、しかも農産物価が騰貴すればそれに伴つて代金納小作料も騰貴するという関係はむしろ本質的には物納と変りがないこととなる。
このような物納や代金納の制度の下では、小作農経営は何時までも地主の保護干渉から抜け出すことができない。それ故に農調法は国家的要請に基づき当事者参加人等主張のようないわゆる代金納制を含むすべての前期的な小作料を金納化することにより、小作人を独立した農業経営者たらしめると共に、地主、小作人間の関係を金銭的、契約的なものに還元し、農村における地主、小作人という特殊な身分関係の除去と民主化を企図したのである。そしてかような国家的要請と企図に基づき、農調法次いで農地法において、小作料統制令以来の小作料の引上禁止の原則を引継いだ上、更に小作料の金納化と同時にその代金換算について、内閣物価庁の定めた一般米穀の政府買上価格(供出価格等)又は消費者価格の体系とは別に前示告示その他の法規に準拠してその換算基準額を定め、また前示農林行政官は右法規に準拠して前示のような小作料の最高額を決定、施行したのである。それ故に右農林行政官等の決定、施行した金納制価格(小作料統制額)が当事者参加人等の主張するいわゆる代金納制による価格(内閣物価庁の定めた政府買上価格等)に比して少額であるため、地主たるイ号事件の原告等及びロ号事件の訴外真鍋要平以下三名の者等において当事者参加人等主張のような損害金相当の不利益を受けたとして右小作料統制額により施行されたいわゆる金納制はもとより適法なものであつて、本件小作地の小作料にもその適用があるものというべきである。従つて、本件小作地の小作料は右統制の対象になること明らかである。それ故この点に関する当事者参加人等の主張は採用しない。
もつとも、当事者参加人等は農林行政官の施行してきた金納制は元来違法無効のものであつたために、それは農業基本法の、施行により廃止せられた旨主張するけれども、農業基本法制定の趣意はその前文及び第一条の規定等に明定せられているとおり、わが国農業の重要性にかんがみ、近時経済の著しい発展に即応して農業の近代化と合理化を図り、もつて農業の生産性を向上せしめ、農業従事者の地位を向上せしめるにあるものというべきである。しかれども農地法の前記法規を改廃して前記のような小作料の統制ないしはいわゆる金納制を廃止した明文もなければこのごとを窺わしめるに足る法規も存しない。それ故にこの点に関する当事者参加人等の主張も採用しない。
次に本件の小作地の小作料について現実に決定され、授受された小作料の統制額が不当に低廉で憲法第二十九条に違反する無効のものであるかどうかについて検討するに、戦時下物価統制の後を受けて終戦後更に前記のような収穫物の過半数を小作料に徹した土地制度を排除すべきであるという日本民主化のための重要な国策の一つとしての農地制度改革の要請に基づき、農調法及び農地法が制定せられ、これらの法律が農地所有権の内容に各種の変更や制限を加えたものであつて、この措置は憲」法第二十九条第二項にいう公共の福祉に適合するように法律によつて定められた所に従つてなされたものであつて、憲法第二十九条第一項に違反した無効のものとはいえない。(昭和二八年一二月二三日大法廷判決参照)そして香川県下における本件の小作地の小作料の統制額の決定、施行についても、前記統制法規に違反してその小作料統制額が特に不当に低廉に決定、施行されたと認めるに足る資料はない。それ故に、この点に関する当事者参加人等の主張も採用し難い。
してみれば地主たるイ号事件の原告等及びロ号事件の訴外真鍋要平以下三名の者に対して、本件小作地の小作料につきその拠るべき小作料統制額を前示のとおり決定、施行した農林行政官たる前示公務員の措置はもとより適法であつて、何等の違法もなく、不法行為を構成するものとはいえない。よつてこの点に関する当事者参加人等の主張は採用しない。
叙上説示によりイ号事件の当事者参加人及びロ号事件の原告の以上の主張は認められないから、該主張を前提とする右当事者参加人及び原告の本件各請求はいずれも、その余の判断をまつまでもなく理由がないこと明らかなのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 橘盛行 鈴木清子 西川賢二)
当事者目録<省略>